抜け感とは?
エフォートレススタイルの現在地と日本的美学
by miki morii
【第1回|スタイルビジョンと抜け感考察シリーズ】
「抜け感」ていったい何なの?
今やファッション誌やSNSで当たり前のように使われている「抜け感」という言葉。 この「抜け感」とは、海外では「エフォートレス スタイル」と呼ばれてきたスタイリング哲学にあたります。
エフォートレスとは「努力を感じさせない」という意味ですが、単なる「頑張ってない風」のカジュアルではありません。 1990年代のミニマリズムや2000年代のセレブカジュアル、2010年代のノームコアやフレンチガールスタイルといったムーブメントの影響を受けながら、「自然体なのに洗練されている」という新しい美学や価値観が形作られてきました。
エフォートレススタイルの歴史的背景
- 1990年代: ミニマリズム、反グラマー(カルバン・クライン、ジル・サンダー)
- 2000年代: セレブカジュアル、ボーホーシック(ケイト・モス、シエナ・ミラー)
- 2010年代: ノームコア、フレンチガールスタイル(ジャンヌ・ダマス、カロリーヌ・ド・メグレ)
- 2010年代後半〜: クワイエット・ラグジュアリー、ハイロー・ミックス、ラグジュアリー×ストリートの融合
これらすべてに共通するのは「頑張りすぎない美」への価値観のシフト。
特に日本では2010年代半ばから「抜け感」という言葉が独自に進化し、ファッション雑誌を通じて女性の「洗練」と「ラフさ」のバランスを取るスタイルとして社会に浸透しました。
この背景には、
✔ SNS時代の「リアル感」への共感
✔ リモートワーク普及後の心地よさと信頼感の両立ニーズ
✔ 「努力の透明性(頑張ってないように見せる美学)」という心理的な欲求
といった社会的・心理的要因も深く関わっています。
抜け感とは、「エフォートレススタイル」の日本的解釈
── 現代の「知的な余裕」や「自分らしい洗練」の象徴 ──
このシリーズでは、そんな抜け感の本質とタイプ別の作り方を解き明かしていきます。
※本記事の理論と解釈は、私がスタイルエッセンス診断の実践と研究を通じて構築した独自の考察に基づいています。一般的なパーソナルスタイリング理論とは異なる部分もありますので、ひとつの視点として受け取っていただければ幸いです。



エフォートレススタイルの歴史的背景
1.【歴史的背景】エフォートレススタイルの根底にある価値観の変化
■ 1990年代:ミニマリズムと反グラマー主義
カルバン・クラインやジル・サンダーなどのデザイナーが「ミニマル」「ノームコア」の前駆的スタイルを提案。
「1980年代的な装いすぎること=古臭い/誇示的」という価値観が生まれ始めた。
■ 2000年代初頭:セレブカジュアル(ラグジュアリーと気軽さの融合)
ケイト・モス、シエナ・ミラーが代表的なBOHO chic(ボヘミアンスタイルとカジュアルの融合)を提示。
ヴィクトリアズ・シークレットやJuicy Coutureのような「セクシーでラグジュアリー」なカジュアルルックが流行。
2.【発信源となったムーブメント・現象】
■ ノームコア:Normcore(2014〜)
ニューヨークのトレンド予測グループ「K-Hole」が提唱。
「無個性に見えることがクール」という価値観:白Tシャツ、デニム、スニーカーなど。
エフォートレス・スタイルの意図的な「頑張らなさ」の美学の確立。
■ フレンチガールスタイル:French Girl Style(2010年代〜)
フランスのITガール(ジャンヌ・ダマス、カロリーヌ・ド・メグレ等)が「自然体のシック」「洗練されたラフさ」を発信。
伝統的なフレンチシックの「パリジェンヌ」神話がデジタル世代に現代的にアップデートされた。

■ ストリートウェアとラグジュアリーの融合(2010年代後半〜)
ファッションデザイナーのヴァージル・アブロー(Off-White、Louis Vuitton)やデムナ・ヴァザリア(VETEMENTS、Balenciaga)が、ハイファッションにストリートカジュアルを持ち込む。
ハイロー・ミックス(高級感と日常のミックス)の標準化。
モデルの休日スタイル:
憧れと「作り込みすぎない美」の体現
Model Off-Duty Style
3. 【モデルの休日ファッション=エフォートレス・スタイルの象徴】
■ モデル・オフ・デューティとエフォートレス・スタイルの関係
一流モデル(例:ジジ・ハディッド、ケンダル・ジェンナー、カーラ・デルヴィーニュ、ヘイリー・ボールドウィン・ビーバーなど)は、ランウェイやキャンペーンでは完璧にスタイリングされた姿を見せていますが、私服では逆に気負わないラフさと高級感の絶妙なバランスを取ります。
→ このギャップが「エフォートレス・クール」として理想化され、特にSNSやストリートスナップ文化(2000年代後半〜)で拡散。



■ パパラッチ写真とストリートスナップ文化の影響
2005〜2015年の間、パパラッチ写真やThe Sartorialist(スコット・シューマン)などのストリートスナップブログが爆発的な人気に。
→ リアルなモデルの私服が「最も信頼されるファッションの実例」となり、ミニマル・シンプル・抜け感のあるスタイルが一般層に浸透。
The Sartorialist(2005〜)、Garance Doré、Tommy TonのストリートフォトがVogueやGQに採用。
Business of Fashion(2015年)特集:「ストリートスタイルが消費者行動を変えた」。
■ モデル体型=どんな服でもエフォートレスに見える神話
背が高く、細身で骨格がはっきりしているモデルのボディタイプは、ミニマルでシンプルな服装でも「洗練されたスタイリング」のように見えやすい。この身体的前提が「エフォートレスは才能と体型が必要」という暗黙の認識を醸成した(と同時に行き過ぎたダイエットや痩せ信仰を煽り批判も呼んだ)。
Harper’s Bazaar(2018年)「Model Off-Duty Look: Why it Works and Who Can Pull It Off」
■ ラグジュアリー×ストリートの実験場
有名モデルたちは日常着として、高級ブランド(Saint Laurent, Celine, The Row)とスポーツブランド(Nike, Adidas, Converse)をミックス。「ハイ・ロー」スタイルの浸透を先導し、これがクワイエット・ラグジュアリーやエフォートレス・スタイルの主流化を促進。
Lyst Index(2021年)でモデル着用のスポーツブランドが高級ブランドと並んで検索上位に。
4.【社会的要因】ソーシャルメディアとリモートワークの普及
■ SNS世代の「リアル感」志向
完璧で作り込んだ演出よりも、よりリアルな「自然で飾らないライフスタイル」への共感が拡大。
Dior、Chanelなどもキャンペーンで「日常の美しさ」「エフォートレスなムード」を打ち出すように。
■ パンデミック以降のラグジュアリー・カジュアル需要
2020年以降、リモートワーク・在宅化により「心地よさ」と「プロフェッショナルさ」のバランスをとるスタイルが求められた。
クワイエット・ラグジュアリー(静かな贅沢):
派手なロゴやブランド名を主張せず、素材、仕立て、着心地などの質で高級感を表現とエフォートレススタイルの融合。
5.【日本版エフォートレス・スタイルの成り立ちと流行】
■ 欧米トレンドのローカライズ(2010年代半ば〜)
「モデル・オフ・デューティ」のトレンドの流入によって 雑誌『VERY』『BAILA』『Oggi』などが2014〜2017年に「抜け感」をキーワードにエフォートレスファッション特集を連発。
海外ITガール(ケンダル・ジェンナー、ジジ・ハディッド等)+韓国ファッション(オーバーサイズ、リラックスシルエット)の影響。
■ 日本特有の「きちんと感 × ラフ」の調和
日本の女性は「TPOに配慮しつつ遊び心を加える」文化的傾向が強い。
単なるカジュアルではなく、「頑張りすぎないプロフェッショナル感」が重視された。
襟抜き(襟を後ろに落とす)は「こなれ感」「余白」を出すテクニックとして普及。
■ シルエット操作の例:
- オーバーサイズ&ワイドパンツ肩線を落とす(ドロップショルダー)
→ 「構築しすぎない」印象 - オーバーサイズトップス+細身パンツ or ワイドパンツ
→ 上下のボリュームバランスでシルエットを崩す - 袖をまくる/フレンチタック(シャツの前裾だけをタックインする)
→ スタイリングに動きと余白を出す
“ずらし”を意図的に取り入れる
完璧に整えすぎると「作り込んだ」感じが出てしまうため、あえて小さな“ゆらぎ”を入れる
- シャツの第1ボタンは外す
- 髪を完璧にまとめず、無造作なほつれを残す
- バッグや靴は「カッチリ」より「ちょっとラフ」なものを合わせる
2020年以降のユニクロ、GU、PLSTなど大手SPAのシルエット提案と広告ビジュアル。 ZARA Japanの公式SNSでも「抜け感」のあるオーバーサイズ着こなしが推奨。
欧米型のエフォートレス+アジア圏の余白の美意識が、日本市場で「抜け感・こなれ感」というスタイリング技術に昇華。 特に働く女性層(30〜40代)の間で、「努力してないように見えるが、実は高度に計算されたスタイル」として社会的信頼感も獲得しています。
なぜ「抜け感」が今、求められるの?
- SNS時代のリアル感:作り込みすぎた「完璧」への自然な揺り戻し
- リモートワーク時代の理想像:「自然体」と「プロフェッショナル」の両立
- 心理学的背景|努力の痕跡の透明性*:努力が見えない成功に人は魅力を感じる
特に「努力の痕跡の透明性」は、ファッションにおける「抜け感」と深く関わっています。努力が見えるスタイル(エフォートフル)と、努力を感じさせないスタイル(エフォートレス)は、単なる好みの違いではなく、個々人の美意識と心理的な快適ゾーンを反映しているのです。
エフォートレスファッションが素敵だと感じるのは、「自然体の中に感じる余裕」と「作り込みすぎない魅力」が、心理的に心地よく映るからです。
具体的には次のような要因によって、抜け感が「自然なのに目を引く」印象を作り出します。

近づきやすさと洗練のバランス
完璧に作り込まれたスタイルは、確かに美しい一方で、どこか近寄りがたい印象を与えることがあります。一方、エフォートレスな着こなしは、親しみやすさと上品さを同時に感じさせることで、見る人に安心感を与えます。
「頑張っていないのにおしゃれに見える」その自然な雰囲気が、無理のない魅力として映るのです。

“頑張って見えない”ことの美しさ
人は「努力していないように見える成功」に、特別なカリスマ性を感じやすいといわれています。
難しいことを、まるで簡単にやってのけているように見える人には、特別な魅力が宿るのです。
エフォートレスファッションは、まさにその印象をつくり出します。
自然体に見える装いの裏には、感性や経験の積み重ねという“見えない努力”がある。
だからこそ、整えすぎず、抜け感のあるスタイルが「洗練された無造作」として評価されるのです。

余裕と自信がにじむ佇まい
本当にエフォートレスな魅力をまとっている人は、どこか余裕や自己信頼を感じさせます。
それは、過剰に自分をアピールせずとも、自分の価値観や美意識に従って自然に振る舞っているから。
そんな姿には、親しみやすさと同時に、憧れも抱かせる特別な魅力が生まれます。
ファッションの世界で言われる「エフォートレスなスタイル」も、こうした魅力と深く関係しています。『VOGUE』の記事「エフォートレス・スタイルの神話 / The Myth of Effortless Style」では、エフォートレスな装いは“何もしていないように見える”けれど、実際には意図的な選択や、長い時間をかけた工夫の積み重ねによって生まれていることが紹介されています。ファッションアナリストのマンディ・リー氏はこの記事で、「個人のスタイルは、趣味や経験、そして意識的な探求によって形づくられる」と語っています。
『VOGUE』の記事「The Myth of Effortless Style(エフォートレス・スタイルの神話)」
このように、自然に見えるスタイルの背景には、その人なりの時間や思考の積み重ねがあります。これは、社会学者ピエール・ブルデューが提唱した「ハビトゥス(habitus)」という考え方とも関係しています。ハビトゥスとは、その人の中に深く根づいた感性やふるまいのことを指し、日常の選択や行動に自然と表れてくるものです。
つまり、エフォートレスに見えるおしゃれや洗練された雰囲気は、長い時間をかけて育まれた美意識が、無理なくにじみ出ている状態なのです。



あなたが目指す本当の「抜け感」
「抜け感」には自己理解と自己信頼 = コンフィデンスが必要
抜け感とは、単なる「頑張っていないように見せる技術」ではありません。
本質的な抜け感を手に入れるためには、自分自身を深く理解し、信じる力が必要です。
表面的なスタイリングだけを真似しても、なぜかぎこちなく見えたり、自分らしさが損なわれたりしてしまうのはそのためです。本当に自然体で魅力的な抜け感は、「自分が何を心地よいと感じ、どのような美意識を大切にしているか」を知ることから始まります。
なぜなら、抜け感が自然に見える人たちも実は時間をかけて試行錯誤し、選び抜かれたワードローブや感性を積み重ねているからです。
そこには、「自分のスタイルに最適な努力」が確かに存在しているのです。
努力を最適化し、自己理解を深めること。
そして、意図して力を抜いても美しさが揺るがない自己信頼を育むこと。
それこそが、あなたらしい抜け感を育てるための真のアプローチです。
あなたの「抜け感タイプ」を見つける鍵
スタイルビジョン理論
ここでで紹介する「スタイルビジョン」は、私がスタイルエッセンス診断の中で用いている独自の分析メソッドです。個人がどのような美意識や感受性の方向性を持っているかを4象限のマトリクスで可視化し、自分らしさと調和するスタイル選びをサポートします。
このシリーズでは、抜け感の「得意・不得意」の背景をこのスタイルビジョン理論を通じて考えます。
スタイルビジョンでは、この「努力の可視性」を次のような指標(Up/Down ビジョン)で説明することができます。
- Up ビジョンスタイル: 努力や意図を「見せる」ことで美しさを作る美的価値観
- Down ビジョンスタイル: 努力や意図を「見せない」または必要としない美的価値観
つまり、「抜け感が似合う/似合わない」は、骨格や流行だけでなく、その人が心地よく感じるスタイリングの美意識によって決まります。
抜け感とは、「エフォートレススタイル」の日本的解釈であり、現代の「経験に裏打ちされた余裕」や「自分らしい洗練」を象徴するスタイル観。このシリーズでは、そんな抜け感の本質をひもときながら、タイプ別に“自分らしい緩め方”を探っていきます。
次回予告
次回以降の記事では、あなた自身のスタイル感性に沿った「緊張と余白のデザイン」を見つけるための方法をご紹介します。「抜け感」があなたに本当に必要かどうか、そしてあなたに合った緊張と余白のデザインを見つけるための自己診断と理論を解説します。あなたの「違和感」が、あなたの美意識の個性であることに気づくきっかけとなりますように。
読んでよかった!と思ってもらえたら嬉しいです